ヤンゴンに現存するモスクの中でも一際目立ったこの白亜のモスクは1854年の創建と言われている。
2本の巨大なミナレットに加え、イーワーンとドームの組み合わせという典型的なモスクの建築様式を踏襲した現存するモスクは、1918年に再建されたものでミャンマーでも少数派のシーア派のモスクとなっている。
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1854年、インドからビルマへと移住してきたペルシャ人商人が自身の祈りの場として木造のモスクを建築したのがこのモスクの始まりと言われている。
その後1914年に新たに現存するモスクの建築が始まり4年の歳月を経て1918年に完成した。モスクに残る記録によれば、この再建の際に中心となった人物たちはそのほとんどがペルシャ(現イラン)に出自を持ち、イスファハーン(Isfahan)やシーラーズ(Shiraz)、またペルシャ以外では現アフガニスタンのカーブル(Kubul)の人物たちとなっている。
このモスクはイスファハーン出身のペルシャ人建築家によって設計され、一説によればインドのアグラにあるタージマハルを参考にしたとも言われている。
当時からラングーンにおけるシーア派ムスリムは少数派ではあったが、1909年にはShia's Board(1911年にPersian Associationに改称)が組織されるなど、小さいながらもコミュニティを存続させており、現在ミャンマー全土に2万人ほどが存在すると言われている。
2018年から2019年にかけて大規模な外壁の塗り替え工事が行われたこのモスクは、そんな彼らにとって中心的な祈りの場となっている。
なお、シーア派ムスリムにとって最も重要な日とも言われるアーシューラー(ヒジュラ歴1番目の月10番目の日)にはこのモスクでもターズィエと呼ばれる宗教儀式が行われる等、世代は変わっても現在まで脈々と彼らの伝統は守られ続けている。
参考文献:
Dom Pub
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