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北海道の中央、日本の一次産業を支える帯広の地には、巨大な宝塔が建つはずであった。
残念ながらその誓願が叶うことはなかったが、帯広市と音更町の境にある鈴蘭公園には、現在まで世界の平和を願うべく小さな仮宝塔が残されている。
1964年(昭和39年)、その地に大宝塔を建設する第一歩として建てられた十勝平和塔には、インド初代首相のジャワハルラール・ネルー(Jawaharlal Nehru)より贈られた仏舎利が今も奉安されている。
1964年(昭和39年)7月15日、シンガーソングライターの中島みゆきの祖父である中島武市(1897/01/30-1978/07/16)が中心となり、十勝平和塔建設期成会が結成された。この期成会は帯広市の市議会議員で商工会議所会頭(在任:1946-1950)も務めた中島武市が会長、帯広市長の吉村博(在任:1955-1974)が顧問として就任し、その他の発起人には帯広通運社長で商工会議所会頭の小林信治、帯広神社宮司の大野重興、帯広北ロータリークラブ会長の松崎武志、音更町町議会第6代議長を務めた山本誉市など、所謂地元の名士と呼ばれる面々がその名を連ね、この平和塔の建立は帯広はもとより、十勝地方における平和運動の中心になる予定だった。
同年8月31日、日本で開催された第2回世界宗教者平和会議に出席したビルマ(現ミャンマー)、インドネシア、西ドイツ、フランス、スウェーデンの代表など8名が仏舎利を奉持して帯広を訪問、同日午後2時から建設予定地であった鈴蘭公園にて定礎式が開催された。
この時点で現在まで残る高さ約5m、直径約3.6mの仮宝塔が建立され、奉持された仏舎利はこちらに仮奉安されることとなる。式典には約500名の関係者が出席し、日本山妙法寺山主の藤井日達上人より市長の吉村に仏舎利が手渡され、この仮宝塔へと奉安された。
今後、北海道を中心に浄財を集め、帯広十勝における平和の象徴として、帯広及び十勝住民の平和を愛好する心の拠処として、そして帯広十勝を訪れる人々の心の安らぎを与える施設として、大平和塔の建立が始まるはずであった。
壮大な計画であったが、この時点で既にいくつかの問題が発生していた。
最大の問題は、鈴蘭公園が帯広市の市有地であったことである。これについて公共の敷地に特定の宗教施設を建立することは、憲法に定められた政教分離の原則に反しているのではないかという指摘がなされた。
実際、同様の事例として定礎式直前の1964年8月25日に青森市三内霊園内に完成した仏舎利塔(平和塔)のケースがある。青森市がこの仏舎利塔に対して、市有地を無償で提供し助成金を支出したことが自治省(現総務省)より「憲法違反」だと指摘され、有償での土地賃貸かつ助成金は霊園整備費に名目を変更する事態となったという。
またこの十勝平和塔自体が、建設の正式な認可が下りる前に建立された点も問題視された。当時の十勝毎日新聞の報道によれば、帯広市の建設部長が「翌年早々に撤去することを条件」に建立を認めた、と語っている。
こうした状況からか、建立計画はその後進展することなく建設期成会自体も世話人もいない有名無実の存在となってしまい、以降本件に関する続報も途絶えてしまう。
さて、起工式以降動きのなかった平和塔建立計画であるが、1975年(昭和50年)に当時計画の中心人物の一人であった吉村前市長がこの問題の解決に着手することとなる。
新たな計画は吉村の他、木呂子敏彦前助役、日本山妙法寺の林達聲上人により再開され、音更町旭地区のUHB(北海道文化放送)テレビ塔の隣地が候補地として挙げられた。
建立に当たってUHBの専用道路の使用や、電波障害の問題を確認すべくUHBとの交渉を行ったところ、当時のUHB専務が北海道新聞帯広支社長を務めていた西野梯二であったことも幸いしてか、計画への理解を示し、土地所有者からの内諾も得られ、高さ約30m、総工費数千万円、工期5年として計画が動き出したかのように見えた。
しかしながら結局その後も本件に関する続報はなく、もちろんテレビ塔の横に仏舎利塔が建立されることもなかった。
1989年(平成元年)、鈴蘭公園が帯広市から音更町へと移管されることとなり、再び特定宗教施設である本塔の存在が問題となった。移管に際し、帯広市と音更町の間で結ばれた協定では本塔に関して「帯広市が音更町の協力を得て、今後も誠意をもって引き続き除去するよう努力する」旨の記載があるものの、結局のところ現在まで除去は行われることはなかった。
その後は音更町の橘正義(有限会社タチバナ代表)や山本巌(株式会社山本忠信商店会長・元音更町商工会会長)が塔の塗り直しなどを定期的に行い現在に至っている。
大平和塔建立の夢は潰えてしまったが、小さな仮宝塔はこの先も長くこの地に存在することになるであろう。
参考文献:
十勝毎日新聞 1964/08/28・1964/08/30・1964/09/02・1989/02/03・1989/07/20・2014/11/17
北海道新聞 1964/08/28・1964/09/01
十勝日報 1964/07/14・1964/09/02・1975/07/20
帯廣 帯廣商工會議所百年史
帯広圏都市計画公園「鈴蘭公園」に関する協定書(平成元年9月20日締結)
十勝平和塔
Address : 北海道河東郡音更町鈴蘭公園
2023/12撮影
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